2008年05月28日
ザ・ドアーズ/ THE END
“ラジオでロック”
「Radio Nowhere」
この番組では皆さんからのご意見、ご感想等々お待ちしております。
今から申し上げます宛先に是非、あなたの生の声をお聞かせください。
E-MAIL
post@fm814.co.jp
FAX 0745-33-3601
MAIL 郵便636-8555 FM 81.4(ハイホー)
またこの番組の詳細に関しては以下のブログにてご確認いただけます!
●奈良発。無料地域ブログポータルサイト「ナラ咲く」
http://radionowhere.narasaku.jp/
●神戸のブログポータルサイト「ko-co」
http://radionowhere.ko-co.jp/
さて最後は…
ノックオンザヘブンズドアのコーナー。

蘇る古のスーパースターのコーナーで御座いますが、さて今日は、1971年7月3日にパリのアパートのバスタブの中で、オーヴァードーズの為(と思われる)心臓発作で亡くなってしまったジム・モリスンをヴォーカルに擁していたLA出身のサイケロックグループ
「ザ・ドアーズ」
の曲をお届けしたいと思います!
ドアーズは1965年、LAのUCLAに在学中だったジムとキーボード奏者のレイ・マンザレクを中心に結成される。ベースがいない変則的な形態の4人組バンドというのも当時珍しかったが、何よりジムの反社会的・反道徳的な発言や淫猥なパフォーマンスばかりが盛んにマスコミで取り上げられ、兎角問題のあるスキャンダラスなグループとして騒がれることが多かった。しかし、その音楽性やジムが描く詞の世界にも十二分な芸術性と魅力があり、今もって古めかしい印象を抱くこともなく、まさに時代を超えた普遍的なロックサウンドを聴かせてくれるカリスマバンドとして注目され続けている。
では今日はそんなドアーズの名曲、あのF・コッポラの名作「地獄の黙示録」でも使用されていた
「THE END」
を聴きながらお別れしたいと思います。
また来週、時間が来ましたら、ダイヤルはこのFM81,4に合わせて頂きこの番組“ライオでロック”「レディオノーウェア」にお付き合いくださいませ。
お相手は
DJ PON-CHANG!
でした。それではBYE-BYE!
(6・1オンエアー分)
「Radio Nowhere」
この番組では皆さんからのご意見、ご感想等々お待ちしております。
今から申し上げます宛先に是非、あなたの生の声をお聞かせください。
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さて最後は…
ノックオンザヘブンズドアのコーナー。

蘇る古のスーパースターのコーナーで御座いますが、さて今日は、1971年7月3日にパリのアパートのバスタブの中で、オーヴァードーズの為(と思われる)心臓発作で亡くなってしまったジム・モリスンをヴォーカルに擁していたLA出身のサイケロックグループ
「ザ・ドアーズ」
の曲をお届けしたいと思います!
ドアーズは1965年、LAのUCLAに在学中だったジムとキーボード奏者のレイ・マンザレクを中心に結成される。ベースがいない変則的な形態の4人組バンドというのも当時珍しかったが、何よりジムの反社会的・反道徳的な発言や淫猥なパフォーマンスばかりが盛んにマスコミで取り上げられ、兎角問題のあるスキャンダラスなグループとして騒がれることが多かった。しかし、その音楽性やジムが描く詞の世界にも十二分な芸術性と魅力があり、今もって古めかしい印象を抱くこともなく、まさに時代を超えた普遍的なロックサウンドを聴かせてくれるカリスマバンドとして注目され続けている。
では今日はそんなドアーズの名曲、あのF・コッポラの名作「地獄の黙示録」でも使用されていた
「THE END」
を聴きながらお別れしたいと思います。
また来週、時間が来ましたら、ダイヤルはこのFM81,4に合わせて頂きこの番組“ライオでロック”「レディオノーウェア」にお付き合いくださいませ。
お相手は
DJ PON-CHANG!
でした。それではBYE-BYE!
(6・1オンエアー分)
2008年05月28日
ビリーブラッグ/イッツ・セイズ・ヒアー
さて続きましては、何時もと同じく
キーワードAtoZ。
こちらのコーナーは従来の運びでお届けしたいと思いますが…

今週もその頭文字にBのつくアーティストをご紹介したいと思いますが、今日取り上げますアーティストは今年で御年何と50才。1983年のデビュー当初は大胆にもギターにアンプを担ぎながら、大道芸人よろしくストリートに躍り出ては、政治的な臭いがプンプンするような過激なメッセージの籠った歌を聴かせては、まさにワンマンクラッシュと称されるのも納得といった感が印象的だったイギリスはエセックス出身の硬派なアーティスト、
ビリー・ブラッグの奏でる曲をお届けしたいと思います。
この5月21日に「ミスター・ラブ&ジャスティス」という、同じくイギリス出身の作家コリン・マキネスが60年代に出版した小説のタイトルそのままを拝借した新作を発表したビリー・ブラッグ。なんと輸入盤として日本のCDショップの店頭に飾られる分に関しては、盟友・イアン・マクレガン等が参加したバンドスタイルのレギュラー盤にプラス、全く同じメニューの弾き語りバージョンのフルCDが付いた2枚組となっているそうな。
1983年にBBCの有名な音楽番組「ジョンピール・セッション」のバックアップを得て1stアルバム「ライブズ・ア・ライオット・ウィズ・スパイvsスパイ」を発表して、デビューを飾ったビリーは、その後も地味ながら確実な歩みを持って作品を制作してはミュージシャンとして、現在に至るまで第一線で活動しているわけです。

その一方で、ビリーは政治活動にも積極的に取り組んでいて、1984年の炭鉱夫のストライキに参加したのをきっかけに、左翼グループ「レッドウェッジ」に参加。1987年には、マーガレット・サッチャー率いる保守党の打倒を訴えながら、熱心にジャムのポール・ウェラーなどと共に労働党を支援し、総選挙を戦うも、手痛い惨敗を喫する。しかし何とかこの現状に変化を与えなければいけないということで、さらに「チャーター88」という政治団体に参加して、今もって政治とは緊密な距離を保ちながら活動もしています。さらに獄中の囚人たちにギターを与えて更生への道を開こうとする「ジェイルギタードアーズ」(クラッシュの曲から名称を拝借)なる基金も本国イギリスで最近設立したりと、今もって情熱的でアクティヴな活動家・ビリー・ブラッグではあります。
今日はそんなビリーの、1984年、イギリスのインディレーベル「ゴー!ディスクス」から発表となった2ndアルバム「ブルーイング・アップ・ビリー・ブラッグ」から政治的連帯を謳う
「イッツ・セイズ・ヒアー」を彼独特のエレキ弾き語りで聴いて頂きたいと思います!
それではどうぞ!
(6・1オンエアー分)
キーワードAtoZ。
こちらのコーナーは従来の運びでお届けしたいと思いますが…

今週もその頭文字にBのつくアーティストをご紹介したいと思いますが、今日取り上げますアーティストは今年で御年何と50才。1983年のデビュー当初は大胆にもギターにアンプを担ぎながら、大道芸人よろしくストリートに躍り出ては、政治的な臭いがプンプンするような過激なメッセージの籠った歌を聴かせては、まさにワンマンクラッシュと称されるのも納得といった感が印象的だったイギリスはエセックス出身の硬派なアーティスト、
ビリー・ブラッグの奏でる曲をお届けしたいと思います。
この5月21日に「ミスター・ラブ&ジャスティス」という、同じくイギリス出身の作家コリン・マキネスが60年代に出版した小説のタイトルそのままを拝借した新作を発表したビリー・ブラッグ。なんと輸入盤として日本のCDショップの店頭に飾られる分に関しては、盟友・イアン・マクレガン等が参加したバンドスタイルのレギュラー盤にプラス、全く同じメニューの弾き語りバージョンのフルCDが付いた2枚組となっているそうな。
1983年にBBCの有名な音楽番組「ジョンピール・セッション」のバックアップを得て1stアルバム「ライブズ・ア・ライオット・ウィズ・スパイvsスパイ」を発表して、デビューを飾ったビリーは、その後も地味ながら確実な歩みを持って作品を制作してはミュージシャンとして、現在に至るまで第一線で活動しているわけです。

その一方で、ビリーは政治活動にも積極的に取り組んでいて、1984年の炭鉱夫のストライキに参加したのをきっかけに、左翼グループ「レッドウェッジ」に参加。1987年には、マーガレット・サッチャー率いる保守党の打倒を訴えながら、熱心にジャムのポール・ウェラーなどと共に労働党を支援し、総選挙を戦うも、手痛い惨敗を喫する。しかし何とかこの現状に変化を与えなければいけないということで、さらに「チャーター88」という政治団体に参加して、今もって政治とは緊密な距離を保ちながら活動もしています。さらに獄中の囚人たちにギターを与えて更生への道を開こうとする「ジェイルギタードアーズ」(クラッシュの曲から名称を拝借)なる基金も本国イギリスで最近設立したりと、今もって情熱的でアクティヴな活動家・ビリー・ブラッグではあります。
今日はそんなビリーの、1984年、イギリスのインディレーベル「ゴー!ディスクス」から発表となった2ndアルバム「ブルーイング・アップ・ビリー・ブラッグ」から政治的連帯を謳う
「イッツ・セイズ・ヒアー」を彼独特のエレキ弾き語りで聴いて頂きたいと思います!
それではどうぞ!
(6・1オンエアー分)
2008年05月28日
ポーティスヘッド/アルバム「サード」
皆さん今晩は!
これからの30分間は、このFM81.4、FM西大和からお届けさせて頂きますラジオでROCK!
「Radio nowhere」
でお楽しみくださいませ。
お相手させて頂きますのは私、
DJ PON- CHANG!(ぽんちゃん)で御座います!どうぞ宜しく!
それでは早速番組の方進めていきたいと思いますが…。
さて本日は、何時もと少しばかり趣を変えまして『新譜』のご紹介も交えながら2週に分けてお届けしたいと思っているのですが。
といっても、最近の若い世代からすれば「嗚呼、もう聞き飽きた…」なんて言う方も実際いるかも知れませんが。
この頃はパソコンなどからアップ・トゥ・デイトな音源を簡単にダウンロード出来るご時勢ですからね。
私なんかは貴重な小遣いをはたいて、買い求めた塩化ビニールのレコードをターンテーブルの上に載せて、何回も何回も繰り返し聴いてきたオールド・リスナーで御座いますので、今もってその体質というか、その癖が三つ子の魂の如く染みついている感がありまして、結構一人のアーティスト、一組のバンドに興味を持つと、パラノイアチックに集中して聞きこんでは、新しい、新しいと自分の中では思いつつも、気がつくと世の流れから若干取り残されたりといったことが往々にしてありますんで、『新譜』と呼ぶには苦しい部分があるかもしれませんが。
ですから、ちょいと云い方を変えてですね、「最近私が聴いたものでお勧めできるもの」という風にタイトル決めをした方がいいのかも知れませぬが~。
と、いうことで言い訳がましい前置きはこの辺にして、まずはこのアーティストの新譜をご紹介と行きましょうか!


先週、イギリスの港湾都市・
ブリストルの先鋭的な音楽シーンの首領(ドン)と目され得る元POP GROUPのボーカル・マーク・スチュワートが前作「コントロールデータ」から約12年ぶりの新作「Edit」を発表したということで、その彼が過去に演っていた“恐るべき子供たち”THE POP GROUPの現在廃盤となっているセカンドアルバム「FOR HOW MUCH LONGER DO WE TOLERATE MASS MURDER!」(この先、どれ程長く君たちは大量殺人に耐えられるのか?)から2曲ほどお届けした訳ですが、今日は、ほぼ同時期にこちらも約10年振りの新作「サード」を発表し話題騒然。マーク・スチュワートと共にブリストル・ミュージック・シーンのリーダー的存在として崇められているグループ
「ポーティスヘッド」のその新作「サード」にSPOTを当てて、その中から何曲か今日はお届けしたいと思いますが~。
先ずは簡単にポーティスヘッドの、その横顔をご紹介。
ポーティスヘッドは1991年にボーカルのベス・ギボンズとマルチプレイヤーのジェフ・バーロウの2人によってイギリスのブリストルで結成。その後ギターのエイドリアン・アトリーが参加して、現在の形態となっては同郷のマッシヴ・アタックやラムと共に「トリップポップ」の先駆的なバンドとして、全世界の音楽ファンの注目を集める。
しかし実は、ポーティスヘッドの音楽的リーダーであるジェフは自らのバンドが「トリップポップ」の範疇に収められることに非常に抵抗があるようで「ヒップホップに対する造詣もない他のバンドとひと括りにされるのは心外」として今もって反発しているとのこと。
1994年にファーストアルバム「ダミー」を発表。今日に至るまでに全世界で350万枚のセールスをあげる。しかしその後、バンドの内外においてポーティスヘッドは様々なトラブルを抱えることとなり、1997年にセカンドアルバムを発表するも長い沈黙期間に突入。
そして約10年の歳月を経て、待ちに待った新しいポーティスヘッドの最新アルバム「サード」がこの4月28日(日本では30日発売)が届き、その健在ぶりを示し、ファンであるわれわれを大いに喜ばしてくれた訳です。
それではお待たせしました。今日はきちんと新譜「サード」から、地味でとにかく陰影に満ちた、いかにもヨーロッパでしか育むことの出来ないような独特の無機質サウンドを聴いて頂きましょう。
今日は、
サイレンス、そして
マシンガンの2曲をお聞かせしたいと思います。
それではどうぞ!ポーティスヘッドです。
(6・1オンエアー分)
これからの30分間は、このFM81.4、FM西大和からお届けさせて頂きますラジオでROCK!
「Radio nowhere」
でお楽しみくださいませ。
お相手させて頂きますのは私、
DJ PON- CHANG!(ぽんちゃん)で御座います!どうぞ宜しく!
それでは早速番組の方進めていきたいと思いますが…。
さて本日は、何時もと少しばかり趣を変えまして『新譜』のご紹介も交えながら2週に分けてお届けしたいと思っているのですが。
といっても、最近の若い世代からすれば「嗚呼、もう聞き飽きた…」なんて言う方も実際いるかも知れませんが。
この頃はパソコンなどからアップ・トゥ・デイトな音源を簡単にダウンロード出来るご時勢ですからね。
私なんかは貴重な小遣いをはたいて、買い求めた塩化ビニールのレコードをターンテーブルの上に載せて、何回も何回も繰り返し聴いてきたオールド・リスナーで御座いますので、今もってその体質というか、その癖が三つ子の魂の如く染みついている感がありまして、結構一人のアーティスト、一組のバンドに興味を持つと、パラノイアチックに集中して聞きこんでは、新しい、新しいと自分の中では思いつつも、気がつくと世の流れから若干取り残されたりといったことが往々にしてありますんで、『新譜』と呼ぶには苦しい部分があるかもしれませんが。
ですから、ちょいと云い方を変えてですね、「最近私が聴いたものでお勧めできるもの」という風にタイトル決めをした方がいいのかも知れませぬが~。
と、いうことで言い訳がましい前置きはこの辺にして、まずはこのアーティストの新譜をご紹介と行きましょうか!


先週、イギリスの港湾都市・
ブリストルの先鋭的な音楽シーンの首領(ドン)と目され得る元POP GROUPのボーカル・マーク・スチュワートが前作「コントロールデータ」から約12年ぶりの新作「Edit」を発表したということで、その彼が過去に演っていた“恐るべき子供たち”THE POP GROUPの現在廃盤となっているセカンドアルバム「FOR HOW MUCH LONGER DO WE TOLERATE MASS MURDER!」(この先、どれ程長く君たちは大量殺人に耐えられるのか?)から2曲ほどお届けした訳ですが、今日は、ほぼ同時期にこちらも約10年振りの新作「サード」を発表し話題騒然。マーク・スチュワートと共にブリストル・ミュージック・シーンのリーダー的存在として崇められているグループ
「ポーティスヘッド」のその新作「サード」にSPOTを当てて、その中から何曲か今日はお届けしたいと思いますが~。
先ずは簡単にポーティスヘッドの、その横顔をご紹介。
ポーティスヘッドは1991年にボーカルのベス・ギボンズとマルチプレイヤーのジェフ・バーロウの2人によってイギリスのブリストルで結成。その後ギターのエイドリアン・アトリーが参加して、現在の形態となっては同郷のマッシヴ・アタックやラムと共に「トリップポップ」の先駆的なバンドとして、全世界の音楽ファンの注目を集める。
しかし実は、ポーティスヘッドの音楽的リーダーであるジェフは自らのバンドが「トリップポップ」の範疇に収められることに非常に抵抗があるようで「ヒップホップに対する造詣もない他のバンドとひと括りにされるのは心外」として今もって反発しているとのこと。
1994年にファーストアルバム「ダミー」を発表。今日に至るまでに全世界で350万枚のセールスをあげる。しかしその後、バンドの内外においてポーティスヘッドは様々なトラブルを抱えることとなり、1997年にセカンドアルバムを発表するも長い沈黙期間に突入。
そして約10年の歳月を経て、待ちに待った新しいポーティスヘッドの最新アルバム「サード」がこの4月28日(日本では30日発売)が届き、その健在ぶりを示し、ファンであるわれわれを大いに喜ばしてくれた訳です。
それではお待たせしました。今日はきちんと新譜「サード」から、地味でとにかく陰影に満ちた、いかにもヨーロッパでしか育むことの出来ないような独特の無機質サウンドを聴いて頂きましょう。
今日は、
サイレンス、そして
マシンガンの2曲をお聞かせしたいと思います。
それではどうぞ!ポーティスヘッドです。
(6・1オンエアー分)
2008年05月25日
THE CLASH / ディクティーラー
“ラジオでロック”「Radio Nowhere」
この番組では皆さんからのご意見、ご感想等々お待ちしております。
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さて最後は…
ノックオンザヘブンズドアのコーナー。
蘇る古のスーパースターのコーナーで御座いますが、さて今日は、わが敬愛するところの永遠のアイドル、カリスマであります
ジョー・ストラマーこと「ジョン・グレアム・メラー」がフロントアクターとして牽引していた戦うパンクロックグループ「The Clash」の曲をおかけしたいと思いますが。


The Clash…1976年。それまでテディロック=ロカビリーサウンドを追求するパブロックバンド「101ers(ワンオーワンナーズ)」をやっていたジョーは、偶然ライブハウスで観たピストルズのライブに大興奮!直ぐにロンドンSSで活動していたミック・ジョーンズ、ポール・シムノン、キース・レヴィン(後のPilのギター)、テリーチャイムズと合流して、当初はハードドロップスという名前で活動する予定だったが、その当時から関心を寄せていた「レゲエ・ミュージック」を演奏するカルチャーというバンドのアルバムタイトル「トゥー・セブンズ・クラッシュ」にちなんで、The Clashとしたそうな。荒削りで、暴力的で、破壊力満点の直截的な表現欲求に裏打ちされたファーストアルバムで衝撃なデビューを飾りながらも悪食なピラニアよろしく、レゲエにダブ、ファンクにロカビリー、ジャズにスカと正に何でもござれの様相で、他のパンクバンドとは一線を画すニュアンスで変貌、進化遂げて見せたThe Clashではあったが、薬物中毒でドラムのトッパーの脱退を皮切りにバンド内に不協和音が生じ、結果音楽的重鎮であったミックが脱退。これによりオリジナル・Clashは崩壊となってしまうものの、ジョーは残った相棒ポールと共に、今一度Clashの立て直し及び活動の継続を図るべく若いメンバーを3人補充して新生Clashとしてアルバム「カットザクラップ」を1985年11月に発表し、再起にかけるも作品に対する評価は散々で、結局解散となる。その後、ジョーはラティーノロカビリーウォー、ポーグスを経てザ・メスカレロズを結成し、地味ながらも活動を続けるも2002年12月22日、愛犬の散歩から帰って台所の椅子で寛いでいたところ、突然の心臓発作に襲われ、残念ながら亡くなってしまいました。
今日はそんなジョーを偲んで、散々打ち込み主体の駄作とこき下ろされながらも、実際にはその後のワールドミュージックブームを先取りしたようなところもあり、それなりに評価出来る力作とも私自身思っている「カットザクラップ」から
「ディクティーラー」をお届けして、お別れしたいと思います。
それではまた来週。時間になりましたらダイヤルはFM81.4に合わせて頂きまして、この番組にお付き合いくださいませ。お相手は
DJ PON-CHANG!でした。
またね。BYE-BYE!
(5・25オンエアー分)
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さて最後は…
ノックオンザヘブンズドアのコーナー。
蘇る古のスーパースターのコーナーで御座いますが、さて今日は、わが敬愛するところの永遠のアイドル、カリスマであります
ジョー・ストラマーこと「ジョン・グレアム・メラー」がフロントアクターとして牽引していた戦うパンクロックグループ「The Clash」の曲をおかけしたいと思いますが。


The Clash…1976年。それまでテディロック=ロカビリーサウンドを追求するパブロックバンド「101ers(ワンオーワンナーズ)」をやっていたジョーは、偶然ライブハウスで観たピストルズのライブに大興奮!直ぐにロンドンSSで活動していたミック・ジョーンズ、ポール・シムノン、キース・レヴィン(後のPilのギター)、テリーチャイムズと合流して、当初はハードドロップスという名前で活動する予定だったが、その当時から関心を寄せていた「レゲエ・ミュージック」を演奏するカルチャーというバンドのアルバムタイトル「トゥー・セブンズ・クラッシュ」にちなんで、The Clashとしたそうな。荒削りで、暴力的で、破壊力満点の直截的な表現欲求に裏打ちされたファーストアルバムで衝撃なデビューを飾りながらも悪食なピラニアよろしく、レゲエにダブ、ファンクにロカビリー、ジャズにスカと正に何でもござれの様相で、他のパンクバンドとは一線を画すニュアンスで変貌、進化遂げて見せたThe Clashではあったが、薬物中毒でドラムのトッパーの脱退を皮切りにバンド内に不協和音が生じ、結果音楽的重鎮であったミックが脱退。これによりオリジナル・Clashは崩壊となってしまうものの、ジョーは残った相棒ポールと共に、今一度Clashの立て直し及び活動の継続を図るべく若いメンバーを3人補充して新生Clashとしてアルバム「カットザクラップ」を1985年11月に発表し、再起にかけるも作品に対する評価は散々で、結局解散となる。その後、ジョーはラティーノロカビリーウォー、ポーグスを経てザ・メスカレロズを結成し、地味ながらも活動を続けるも2002年12月22日、愛犬の散歩から帰って台所の椅子で寛いでいたところ、突然の心臓発作に襲われ、残念ながら亡くなってしまいました。
今日はそんなジョーを偲んで、散々打ち込み主体の駄作とこき下ろされながらも、実際にはその後のワールドミュージックブームを先取りしたようなところもあり、それなりに評価出来る力作とも私自身思っている「カットザクラップ」から
「ディクティーラー」をお届けして、お別れしたいと思います。
それではまた来週。時間になりましたらダイヤルはFM81.4に合わせて頂きまして、この番組にお付き合いくださいませ。お相手は
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またね。BYE-BYE!
(5・25オンエアー分)
2008年05月21日
バトルロッカーズ/セルナンバー8(第8病棟)
続きましてはキーワードAtoZ。
さて、今週もその頭文字がBであるアーティストをご紹介させて頂こうと思っておりますが、但し、今回は少しばかりニュアンスを変えてと云いますが、ある映画のストーリーに合わせて結成された架空のバンドが、その映画のサントラ用に楽曲を書き下ろし、録音を行った作品を何曲かピックアップしてご紹介しようと思っています…。






ご紹介するバンドは
バトルロッカーズ。バンド名を言っただけでピンとくる方は、私とかなり年齢に近しい中年族の方か、若しくは日本映画、それもインディーズ系のそれに造詣の深い博識な人物の方かとは思いますが。
バトルロッカーズ。このバンドが野獣のごとく獰猛に、スクリーン一杯に登場してくるその映画は、メル・ギブソン主演のあのオーストラリア映画「マッドマックス・2」にそのヒントを得て、浅野温子主演「高校大パニック」や、山田辰夫主演、公開当時、配布された宣伝用チラシのイラストをあのゴーマニスト・小林よしのり氏(当時は『東大一直線』がジャンプにて連載されていて人気だった!)が手掛けたということも多少話題にもなった「狂い咲きサンダーロード」(デビュー前のザ・モッズの曲やパンタの曲がふんだんに使用されたことも評判に。また先頃、色々とその内容が物議を醸し公開が危ぶまれた映画「靖国」以上に、まず間違いなくその筋の皆さまが烈火の如くお怒りになるのではと思うような火気厳禁・燃焼度100%の過激な内容でも御座いますが…)などを製作した極めてロッキンな
映画監督・石井聰互監督が製作総指揮を手掛け、1982年に全国ロードショーという形で公開となった邦画史上最高のロック映画
「爆裂都市~バーストシティ~」であります。
兎に角、この映画に出演している俳優陣が半端じゃない!
先ず主役として銀幕の中で過激に暴れまわる主役のバトルロッカーズのヴォーカルが、今やお茶の間の人気俳優となっている陣内孝則氏(ザ・ロッカーズ)、そしてギターが大江慎也氏(ザ・ルースターズ)と鶴川仁美氏(ロッカーズ)、またドラムが池畑潤二氏(ルースターズ。現在、浅井健一や布袋寅泰と活動を共にしている)で、唯一、この時一般オーディションで選ばれたのが伊勢田勇人氏(彼は実は私の大学時代の同級生で、オーディションに合格した話を聞いた時にはホントびっくり仰天!驚きましたね~)で、兎に角、見た目にも迫力充分の面々でありました。また脇を固める俳優やバンドも只者じゃない方々ばかりで、敵対する勢力として登場してくるのが、遠藤みちろう氏率いるところのザ・スターリン、鉄の鎧で身を固めたサイドカーに乗った奇妙な兄弟をルポライター・戸井十月氏と、現在、芥川賞作家として高名な町田町蔵氏(現・康。当時パンクバンドINU、FUNAのヴォーカルだった!)が演じ、またこの他にもコント赤信号や、磨赤児氏、泉谷しげる氏に江藤潤氏、大道芸人・ギリヤーク尼ヶ崎氏などがヤクザやフリークス役として大挙登場。本当にその贅沢なキャスティングには舌を巻くばかりで、そういった人々が、映画のクライマックスシーンで全て暴徒化しては渾身のエネルギーをぶつけ合う様は圧巻と表現するほかない凄まじさであり、この映画で石井監督が描きたかったスピード・パワー・カオスはこの最終的な場面に収斂されているとも言えて、色々と公開当時から賛否両論の分かれる作品(実際現場で制作に携わっていた関係者の間からも様々な批判や意見が噴出していた…。)ではあったが、私はあちこちに実験的な試みが見受けられたりと監督の意図する想いや情熱が映像からダイレクトに感じられて、非常に力の入ったファンタスティックなROCKムービーだったという印象を持ち、好感をもって受けとめたものです。
この爆裂都市のみならず、「シャッフル」その他の石井作品も十二分に堪能できる豪華DVD・BOXが現在発売中となっていますので興味のある方は是非、そちらを手に入れてご鑑賞頂きたいことかと思います。
ということで、今日は(現在、デジパック仕様でこの映画のサントラも再発になっていて、何とそれも1.900円という安価で購入できます。そちらもどうぞ!)その爆裂都市のサントラから、
「セルナンバー8(第8病棟)」(未だ内容がデンジャラスで、歌詞カードが付いていない!)と
「バチラスボンブ(細菌爆弾)」(全てバトルロッカーズの歌と演奏)の2曲をお聞きいただきたいと思います。
それではどうぞ!
(5・25オンエアー分)
さて、今週もその頭文字がBであるアーティストをご紹介させて頂こうと思っておりますが、但し、今回は少しばかりニュアンスを変えてと云いますが、ある映画のストーリーに合わせて結成された架空のバンドが、その映画のサントラ用に楽曲を書き下ろし、録音を行った作品を何曲かピックアップしてご紹介しようと思っています…。






ご紹介するバンドは
バトルロッカーズ。バンド名を言っただけでピンとくる方は、私とかなり年齢に近しい中年族の方か、若しくは日本映画、それもインディーズ系のそれに造詣の深い博識な人物の方かとは思いますが。
バトルロッカーズ。このバンドが野獣のごとく獰猛に、スクリーン一杯に登場してくるその映画は、メル・ギブソン主演のあのオーストラリア映画「マッドマックス・2」にそのヒントを得て、浅野温子主演「高校大パニック」や、山田辰夫主演、公開当時、配布された宣伝用チラシのイラストをあのゴーマニスト・小林よしのり氏(当時は『東大一直線』がジャンプにて連載されていて人気だった!)が手掛けたということも多少話題にもなった「狂い咲きサンダーロード」(デビュー前のザ・モッズの曲やパンタの曲がふんだんに使用されたことも評判に。また先頃、色々とその内容が物議を醸し公開が危ぶまれた映画「靖国」以上に、まず間違いなくその筋の皆さまが烈火の如くお怒りになるのではと思うような火気厳禁・燃焼度100%の過激な内容でも御座いますが…)などを製作した極めてロッキンな
映画監督・石井聰互監督が製作総指揮を手掛け、1982年に全国ロードショーという形で公開となった邦画史上最高のロック映画
「爆裂都市~バーストシティ~」であります。
兎に角、この映画に出演している俳優陣が半端じゃない!
先ず主役として銀幕の中で過激に暴れまわる主役のバトルロッカーズのヴォーカルが、今やお茶の間の人気俳優となっている陣内孝則氏(ザ・ロッカーズ)、そしてギターが大江慎也氏(ザ・ルースターズ)と鶴川仁美氏(ロッカーズ)、またドラムが池畑潤二氏(ルースターズ。現在、浅井健一や布袋寅泰と活動を共にしている)で、唯一、この時一般オーディションで選ばれたのが伊勢田勇人氏(彼は実は私の大学時代の同級生で、オーディションに合格した話を聞いた時にはホントびっくり仰天!驚きましたね~)で、兎に角、見た目にも迫力充分の面々でありました。また脇を固める俳優やバンドも只者じゃない方々ばかりで、敵対する勢力として登場してくるのが、遠藤みちろう氏率いるところのザ・スターリン、鉄の鎧で身を固めたサイドカーに乗った奇妙な兄弟をルポライター・戸井十月氏と、現在、芥川賞作家として高名な町田町蔵氏(現・康。当時パンクバンドINU、FUNAのヴォーカルだった!)が演じ、またこの他にもコント赤信号や、磨赤児氏、泉谷しげる氏に江藤潤氏、大道芸人・ギリヤーク尼ヶ崎氏などがヤクザやフリークス役として大挙登場。本当にその贅沢なキャスティングには舌を巻くばかりで、そういった人々が、映画のクライマックスシーンで全て暴徒化しては渾身のエネルギーをぶつけ合う様は圧巻と表現するほかない凄まじさであり、この映画で石井監督が描きたかったスピード・パワー・カオスはこの最終的な場面に収斂されているとも言えて、色々と公開当時から賛否両論の分かれる作品(実際現場で制作に携わっていた関係者の間からも様々な批判や意見が噴出していた…。)ではあったが、私はあちこちに実験的な試みが見受けられたりと監督の意図する想いや情熱が映像からダイレクトに感じられて、非常に力の入ったファンタスティックなROCKムービーだったという印象を持ち、好感をもって受けとめたものです。
この爆裂都市のみならず、「シャッフル」その他の石井作品も十二分に堪能できる豪華DVD・BOXが現在発売中となっていますので興味のある方は是非、そちらを手に入れてご鑑賞頂きたいことかと思います。
ということで、今日は(現在、デジパック仕様でこの映画のサントラも再発になっていて、何とそれも1.900円という安価で購入できます。そちらもどうぞ!)その爆裂都市のサントラから、
「セルナンバー8(第8病棟)」(未だ内容がデンジャラスで、歌詞カードが付いていない!)と
「バチラスボンブ(細菌爆弾)」(全てバトルロッカーズの歌と演奏)の2曲をお聞きいただきたいと思います。
それではどうぞ!
(5・25オンエアー分)
2008年05月19日
THE POP GROUP
はいということで、改めまして皆さん今晩は!
これからの30分間は、このFM81.4、FM西大和からオンエアーされます“ラジオでロック”「Radio nowhere」でお楽しみくださいませ。
と、いうことでナビゲーターを務めさせて頂きますのは、
DJ PON-CHANG!(ぽんちゃん)で御座います!どうぞ宜しく!
それでは本日も色んな情報並びに充実のROCK サウンドを用意しましては、短いながらもリスナーの皆様と楽しいひと時を分かち合うべく頑張って行こうと思っていますので、暫しダイヤルはそのままでお付き合いくださいませ。
それでは早速番組の方進めていきたいと思いますが…。
先ず、頭のコーナーは、その時々の旬なニュースを、手前勝手に私の方でピックアップしては、それに因んだ音楽をチョイスしてお届けする
「ミュージックカレイドスコープ」のコーナーで御座います!

今回は、1996年に発表した「コントロール・データ」以降、何とオリジナル作品としては12年振りとなる「エディット」を4月5日に突然発表して、ブリストル・サウンドを愛して止まないコアなファンを狂喜させた元POP GROUPのヴォーカリスト・マーク・スチュワート。本日はそんな彼に因んで、今もって語り草となっている“早過ぎたアンファン・テリブル”「
THE POP GROUP」の現在廃盤となっている貴重なアイテム
「FOR HOW MUCH LONGER DO WE TOLERATE MASS MURDER!」(この先、どれ程長く君たちは大量殺人に耐えられるのか?)の中から何曲かセレクトして、ここでオンエアーしてみたいと思います。
先ずPOP GROUPといえばブリストルということで、簡単にそのバックボーンたる故郷、ブリストルについてのご説明をさせて頂こうと思いますが…。


ブリストルと言えばイギリスの南西部、ロンドンから200キロ、鉄道なら凡そ2時間といった距離にある港湾都市で、インダストリアル・レヴォリューション、所謂産業革命の際は貿易や工業の発展でロンドンに次ぐ第二の勢力を誇る都市と栄えたそうな。また海に面した立地条件もあってか、忌わしいことながら過去には奴隷貿易も盛んで、まさに人種の坩堝といった趣で多種多様な文化の交差点にも自然と至った訳です。ミュージシャンとしては、古いところではあのジャズをベースとしたプログレバンド・ソフトマシーンのドラマーであるロバートワイアットを輩出。その後も、ダブやファンク、パンクなどの先鋭的ともいえる様々な音楽ジャンルが活発に細胞分裂を起こしては台頭し、それに伴って今日ご紹介するPOP GROUPをはじめとして、グラクソベイビーズやマキシマムジョイ、ネナ・チェリーが在籍したことでも有名なリップリグ&パニックや、DJマイロにマッシヴ・アタックといったアーティスト達が代わる代わるブリストルの音楽的リーダーとして顔を覗かせては一筋縄とはいかない、ひねくれ具合で世界のミュージックシーンをも引っ掻きまわしては今日においても次世代音楽の震源地として熱く注目されている次第です。今も「ポーティスヘッド」や神出鬼没のグラフィティ・アーティスト「バンクシー」などを産み落としては話題の中心として、その存在をアピールして止まないブリストル。本当に音楽ファンからすればスリリングで、好奇心を大いに煽ってくれる垂涎ものの豊穣なる音楽の聖地といえるでしょう。
それではブリストルに関する説明はこの辺りにして、何はともあれ全てはここから始まった!今や伝説と語られるPOP GROUPのご紹介と行きましょう!
1977年、当時高校生だったマーク・スチュアートを中心に結成されたPOP GROUPは、デニス・ボーヴェルのプロデュースで「Y」を79年に製作。パンク、ファンク、フリージャズ等のサウンドに加え、ダブ/カットアップ・コラージュ的手法を導入し、今までには類を見ないカオス的な要素に満ちた斬新な音世界を明示、衝撃的なデビューを果たすも、灰汁の強いサウンドと同じく個々のバンドのメンバーのパーソナリティーも又強烈なもので直ぐに不協和音が発生。80年に今日ご紹介するアルバムを発表すると同時にバンドは見事、空中分解することとなってしまった。
その後、リーダー格のマーク・スチュワートは、横暴で覇権主義の塊、植民地主義的な政策をとっては少しも自らの行動を顧みない大国・アメリカをテロルの標的として行動を起こすなどのステートメントを発表しては、地下活動家よろしく息を潜めてみせるも、暫くもすると元の鞘、音楽の世界に返り咲いては、ニューエイジ・ステッパーズのE・シャーウッドやマフィアというユニットのメンバーと共に新たなサウンドをクリエイト。今日に至るまで己が音楽世界を深く掘り下げては創作活動及びライブを展開しているというわけで御座います。
それではお待たせしました。
先にも云いました通り、現在廃盤となっている貴重なアルバム「FOR HOW MUCH LONGER DO WE TOLERATE MASS MURDER!」(この先、どれ程長く君たちは大量殺人に耐えられるのか?)の中から、今日は「フォース・オブ・オプレション」「ブラインドフェイス」という2曲を、「俺達を縛り付ける呪縛から自由になる為に、おれたちと一緒に踊ってみればいい」という当時のアルバムに刻みつけられていたマークの言葉を皆さんにお伝えしながらお届けしたいと思います。
それでは聴いて下さい。
POP GROUPです!どうぞ!
(5・25オンエアー分)
これからの30分間は、このFM81.4、FM西大和からオンエアーされます“ラジオでロック”「Radio nowhere」でお楽しみくださいませ。
と、いうことでナビゲーターを務めさせて頂きますのは、
DJ PON-CHANG!(ぽんちゃん)で御座います!どうぞ宜しく!
それでは本日も色んな情報並びに充実のROCK サウンドを用意しましては、短いながらもリスナーの皆様と楽しいひと時を分かち合うべく頑張って行こうと思っていますので、暫しダイヤルはそのままでお付き合いくださいませ。
それでは早速番組の方進めていきたいと思いますが…。
先ず、頭のコーナーは、その時々の旬なニュースを、手前勝手に私の方でピックアップしては、それに因んだ音楽をチョイスしてお届けする
「ミュージックカレイドスコープ」のコーナーで御座います!

今回は、1996年に発表した「コントロール・データ」以降、何とオリジナル作品としては12年振りとなる「エディット」を4月5日に突然発表して、ブリストル・サウンドを愛して止まないコアなファンを狂喜させた元POP GROUPのヴォーカリスト・マーク・スチュワート。本日はそんな彼に因んで、今もって語り草となっている“早過ぎたアンファン・テリブル”「
THE POP GROUP」の現在廃盤となっている貴重なアイテム
「FOR HOW MUCH LONGER DO WE TOLERATE MASS MURDER!」(この先、どれ程長く君たちは大量殺人に耐えられるのか?)の中から何曲かセレクトして、ここでオンエアーしてみたいと思います。
先ずPOP GROUPといえばブリストルということで、簡単にそのバックボーンたる故郷、ブリストルについてのご説明をさせて頂こうと思いますが…。


ブリストルと言えばイギリスの南西部、ロンドンから200キロ、鉄道なら凡そ2時間といった距離にある港湾都市で、インダストリアル・レヴォリューション、所謂産業革命の際は貿易や工業の発展でロンドンに次ぐ第二の勢力を誇る都市と栄えたそうな。また海に面した立地条件もあってか、忌わしいことながら過去には奴隷貿易も盛んで、まさに人種の坩堝といった趣で多種多様な文化の交差点にも自然と至った訳です。ミュージシャンとしては、古いところではあのジャズをベースとしたプログレバンド・ソフトマシーンのドラマーであるロバートワイアットを輩出。その後も、ダブやファンク、パンクなどの先鋭的ともいえる様々な音楽ジャンルが活発に細胞分裂を起こしては台頭し、それに伴って今日ご紹介するPOP GROUPをはじめとして、グラクソベイビーズやマキシマムジョイ、ネナ・チェリーが在籍したことでも有名なリップリグ&パニックや、DJマイロにマッシヴ・アタックといったアーティスト達が代わる代わるブリストルの音楽的リーダーとして顔を覗かせては一筋縄とはいかない、ひねくれ具合で世界のミュージックシーンをも引っ掻きまわしては今日においても次世代音楽の震源地として熱く注目されている次第です。今も「ポーティスヘッド」や神出鬼没のグラフィティ・アーティスト「バンクシー」などを産み落としては話題の中心として、その存在をアピールして止まないブリストル。本当に音楽ファンからすればスリリングで、好奇心を大いに煽ってくれる垂涎ものの豊穣なる音楽の聖地といえるでしょう。
それではブリストルに関する説明はこの辺りにして、何はともあれ全てはここから始まった!今や伝説と語られるPOP GROUPのご紹介と行きましょう!
1977年、当時高校生だったマーク・スチュアートを中心に結成されたPOP GROUPは、デニス・ボーヴェルのプロデュースで「Y」を79年に製作。パンク、ファンク、フリージャズ等のサウンドに加え、ダブ/カットアップ・コラージュ的手法を導入し、今までには類を見ないカオス的な要素に満ちた斬新な音世界を明示、衝撃的なデビューを果たすも、灰汁の強いサウンドと同じく個々のバンドのメンバーのパーソナリティーも又強烈なもので直ぐに不協和音が発生。80年に今日ご紹介するアルバムを発表すると同時にバンドは見事、空中分解することとなってしまった。
その後、リーダー格のマーク・スチュワートは、横暴で覇権主義の塊、植民地主義的な政策をとっては少しも自らの行動を顧みない大国・アメリカをテロルの標的として行動を起こすなどのステートメントを発表しては、地下活動家よろしく息を潜めてみせるも、暫くもすると元の鞘、音楽の世界に返り咲いては、ニューエイジ・ステッパーズのE・シャーウッドやマフィアというユニットのメンバーと共に新たなサウンドをクリエイト。今日に至るまで己が音楽世界を深く掘り下げては創作活動及びライブを展開しているというわけで御座います。
それではお待たせしました。
先にも云いました通り、現在廃盤となっている貴重なアルバム「FOR HOW MUCH LONGER DO WE TOLERATE MASS MURDER!」(この先、どれ程長く君たちは大量殺人に耐えられるのか?)の中から、今日は「フォース・オブ・オプレション」「ブラインドフェイス」という2曲を、「俺達を縛り付ける呪縛から自由になる為に、おれたちと一緒に踊ってみればいい」という当時のアルバムに刻みつけられていたマークの言葉を皆さんにお伝えしながらお届けしたいと思います。
それでは聴いて下さい。
POP GROUPです!どうぞ!
(5・25オンエアー分)
2008年05月17日
四川大地震

お隣の国。今年はオリンピックイヤーということもあって良い意味でも悪い意味でも、大いに注目を集めてきた
中国
そんな中国で、この12日(現地時間午後2時半・日本時間午後3時半)にM7,8の強い地震が発生。
被害は日を追う毎に明らかとなり、16日には日本政府が派遣した「国際緊急援助隊」が現地入りして救援活動に乗り出すことにもなったが、残念ながら最終的には死者は5万人超に達するだろうとされる
『四川大地震』
そんな凄まじい大災害で苦しむ被災者の方々に対して、是非、募金をもってバックアップ出来ようものならと思い立ち、この「Radio nowhere」のブログでも日本赤十字社のボランティア募金のご案内をしたいと思います!
是非皆さんご協力を!
2008年05月17日
ザ・パワーステーション/ゲット・イット・オン
“ラジオでロック”「Radio Nowhere」
この番組では皆さんからのご意見、ご感想等々お待ちしております。
今から申し上げます宛先に是非、あなたの生の声をお聞かせください。
E-MAIL
post@fm814.co.jp
FAX 0745-33-3601
MAIL 郵便636-8555 FM 81.4(ハイホー)
またこの番組の詳細に関しては以下のブログにてご確認いただけます!
●奈良発。無料地域ブログポータルサイト「ナラ咲く」
http://radionowhere.narasaku.jp/
●神戸のブログポータルサイト「ko-co」
http://radionowhere.ko-co.jp/
さて最後は…
ノックオンザヘブンズドアのコーナー。
蘇る古のスーパースターのコーナーで御座いますが、さて今日は、先のAtoZのコーナーでもバウハウスがカバーしましたT・レックスの「テレグラム・サム」をオンエアさせて頂きましたが、ここでもまたまたグラムロックの貴公子・マークボラン率いるところのT・レックス”(マークボラン自体が最早、自動車事故で若くして亡くなっていますが。またマークボランに関してはじっくりと腰を据えた格好で特集を組んでは皆さんと共に、その活動の軌跡と今もって新しいボップでキャッチーな楽曲を楽しみたいと思っております
が)の有名なナンバー「ゲット・イット・オン」をカバーした
ザ・パワー・ステーションのプレイを聴いて頂きたいと思います。

このパワー・ステーション。実はバンドというよりは期間限定のスペシャルユニットとしての趣が強く、結成は~年。メンバーは当時押しも押されぬスーパーアイドルだったデュラン・デュランのベースのジョン・テイラーとギターのアンディ・テイラー、さらに「おしゃれフリーク」のヒットでお馴染みのシックのドラマー、トニー・トンプソン。そして最後にもう一人。豊かな声量とダンディーな容貌で、大人の女のハートを鷲掴みにしては絶大な人気を博していた、ロックンローラー・ロバート・パーマーその人であります。
ロバートには娘がいて、私の記憶が正しいならば、デュランデュランのアンディに「一緒にバンドしませんか」との勧誘を受けた際に、当のロバートはデュラン・デュランに関しての予備知識が全くゼロだったためにチンプンカンプンだったらしいのですが、しかして若い娘さんは流石に当時のスーパーアイドルですから、勿論その存在は知っていて、一緒にバンドをすることを父親であるロバートにすすめたとのこと。で、アルバム制作だけという契約でロバートはレコーディングに参加するも、今日ご紹介する「ゲット・イット・オン」の歌詞が幼稚で品がないとして当初、歌うことを拒否したらしいが、周りのメンバーの説得で渋々録音に応じたとのエピソードが残っている。
そんなロバートも1996年に、またドラムのトニーも2003年に残念ながら他界しています。
それでは聴いて下さい。パワー・ステーションで「ゲット・イット・オン」。
また来週も時間が来ましたら、この番組「Radio nowhere」にダイヤルを合わしてお付き合いくださいませ。お相手はDJ PON-CHANG!でした。ではまた来週!
(5・18オンエアー分)
この番組では皆さんからのご意見、ご感想等々お待ちしております。
今から申し上げます宛先に是非、あなたの生の声をお聞かせください。
post@fm814.co.jp
FAX 0745-33-3601
MAIL 郵便636-8555 FM 81.4(ハイホー)
またこの番組の詳細に関しては以下のブログにてご確認いただけます!
●奈良発。無料地域ブログポータルサイト「ナラ咲く」
http://radionowhere.narasaku.jp/
●神戸のブログポータルサイト「ko-co」
http://radionowhere.ko-co.jp/
さて最後は…
ノックオンザヘブンズドアのコーナー。
蘇る古のスーパースターのコーナーで御座いますが、さて今日は、先のAtoZのコーナーでもバウハウスがカバーしましたT・レックスの「テレグラム・サム」をオンエアさせて頂きましたが、ここでもまたまたグラムロックの貴公子・マークボラン率いるところのT・レックス”(マークボラン自体が最早、自動車事故で若くして亡くなっていますが。またマークボランに関してはじっくりと腰を据えた格好で特集を組んでは皆さんと共に、その活動の軌跡と今もって新しいボップでキャッチーな楽曲を楽しみたいと思っております
が)の有名なナンバー「ゲット・イット・オン」をカバーした
ザ・パワー・ステーションのプレイを聴いて頂きたいと思います。

このパワー・ステーション。実はバンドというよりは期間限定のスペシャルユニットとしての趣が強く、結成は~年。メンバーは当時押しも押されぬスーパーアイドルだったデュラン・デュランのベースのジョン・テイラーとギターのアンディ・テイラー、さらに「おしゃれフリーク」のヒットでお馴染みのシックのドラマー、トニー・トンプソン。そして最後にもう一人。豊かな声量とダンディーな容貌で、大人の女のハートを鷲掴みにしては絶大な人気を博していた、ロックンローラー・ロバート・パーマーその人であります。
ロバートには娘がいて、私の記憶が正しいならば、デュランデュランのアンディに「一緒にバンドしませんか」との勧誘を受けた際に、当のロバートはデュラン・デュランに関しての予備知識が全くゼロだったためにチンプンカンプンだったらしいのですが、しかして若い娘さんは流石に当時のスーパーアイドルですから、勿論その存在は知っていて、一緒にバンドをすることを父親であるロバートにすすめたとのこと。で、アルバム制作だけという契約でロバートはレコーディングに参加するも、今日ご紹介する「ゲット・イット・オン」の歌詞が幼稚で品がないとして当初、歌うことを拒否したらしいが、周りのメンバーの説得で渋々録音に応じたとのエピソードが残っている。
そんなロバートも1996年に、またドラムのトニーも2003年に残念ながら他界しています。
それでは聴いて下さい。パワー・ステーションで「ゲット・イット・オン」。
また来週も時間が来ましたら、この番組「Radio nowhere」にダイヤルを合わしてお付き合いくださいませ。お相手はDJ PON-CHANG!でした。ではまた来週!
(5・18オンエアー分)
2008年05月17日
バウハウス/テレグラムサム
続きましては
キーワードAtoZ。
さて今週も先週に引き続き、同じくBを頭文字とするアーティストとして、先頃、再結成してはNY・ベセスダ噴水の像をライトモチーフにしたジャケットが印象的なフルCD「暗黒のごとく現れ、白い陽炎のように去りゆく~ゴー・アウェイ・ホワイト」を(4月2日、日本発売)に発表するも、またまたボーカルのピーター・マーフィーと他のメンバー3人が対立し、あっけなく解散の憂き目を見てしまった
「バウハウス」にスボットをあて、そのサウンドをお届けしたいと思います。

メンバーはボーカルのピーター・マーフィー、ギターのダニエル・アッシュ、ベースのデビット・J、ドラムのケヴィン・ハスキンスの4人。今を遡ること30年前。1978年にイギリスの郊外ノーサンプトンでデヴィッドとケヴィンの兄弟を中心として結成。79年にあの吸血鬼男優・ベラ・ルゴーシをライトモチーフにした「ベラ・ルゴーシズ・デッド」でデビュー。80年には1stアルバム「イン・ザ・フラット・フィールド」を4ADレーベルから 発表、さらには4ADの親会社のレーベルであるベガーズバンケットに移籍しては「マスク」をはじめとする秀逸な作品を発表するも、ピーターと他の3人の意見が合わず解散。その後、月日は流れ2005年4月。米・西海岸で開催されたコーチュラ・バレー・フェスのプロモーターから「バウハウス」としての出演のオファーを受けた元メンバー達は、その要請を奇跡的に受諾し、再結成。加えて、新作「暗黒のごとく現れ、白い陽炎のように去りゆく~ゴー・アウェイ・ホワイト」も作製したが、どこまでいってもピーターと残りのメンバー3人の馬は合わずに再び解散となり、バウハウスは、その歴史に永遠の封印を施してしまったわけで御座います!
では、先週に引き続きまして、そんなファンからすれば何だんねん!と文句の一つもつけたくなるような「バウハウス」のサウンドということで今日はかのT・レックスの名曲のカバー
「テレグラム・サム」と「ダブルデアー」をお届けしたいと思います。
それではどうぞ!バウハウスです!
(5・18オンエアー分)
キーワードAtoZ。
さて今週も先週に引き続き、同じくBを頭文字とするアーティストとして、先頃、再結成してはNY・ベセスダ噴水の像をライトモチーフにしたジャケットが印象的なフルCD「暗黒のごとく現れ、白い陽炎のように去りゆく~ゴー・アウェイ・ホワイト」を(4月2日、日本発売)に発表するも、またまたボーカルのピーター・マーフィーと他のメンバー3人が対立し、あっけなく解散の憂き目を見てしまった
「バウハウス」にスボットをあて、そのサウンドをお届けしたいと思います。

メンバーはボーカルのピーター・マーフィー、ギターのダニエル・アッシュ、ベースのデビット・J、ドラムのケヴィン・ハスキンスの4人。今を遡ること30年前。1978年にイギリスの郊外ノーサンプトンでデヴィッドとケヴィンの兄弟を中心として結成。79年にあの吸血鬼男優・ベラ・ルゴーシをライトモチーフにした「ベラ・ルゴーシズ・デッド」でデビュー。80年には1stアルバム「イン・ザ・フラット・フィールド」を4ADレーベルから 発表、さらには4ADの親会社のレーベルであるベガーズバンケットに移籍しては「マスク」をはじめとする秀逸な作品を発表するも、ピーターと他の3人の意見が合わず解散。その後、月日は流れ2005年4月。米・西海岸で開催されたコーチュラ・バレー・フェスのプロモーターから「バウハウス」としての出演のオファーを受けた元メンバー達は、その要請を奇跡的に受諾し、再結成。加えて、新作「暗黒のごとく現れ、白い陽炎のように去りゆく~ゴー・アウェイ・ホワイト」も作製したが、どこまでいってもピーターと残りのメンバー3人の馬は合わずに再び解散となり、バウハウスは、その歴史に永遠の封印を施してしまったわけで御座います!
では、先週に引き続きまして、そんなファンからすれば何だんねん!と文句の一つもつけたくなるような「バウハウス」のサウンドということで今日はかのT・レックスの名曲のカバー
「テレグラム・サム」と「ダブルデアー」をお届けしたいと思います。
それではどうぞ!バウハウスです!
(5・18オンエアー分)
2008年05月12日
JL&C/ナチュラル・ヴァイブレーション
はいということで、改めまして皆さん今晩は!
これからの30分間は、このFM81.4、FM西大和からオンエアーされます“ラジオでロック”
「Radio nowhere」でお楽しみくださいませ。
と、いうことでお相手させて頂きますのは、何時もの通りDJ PON-CHANG!(ぽんちゃん)で御座います!どうぞ宜しく!
それでは本日も捩り鉢巻き、気合をバッチリ入れ乍ら、色んな情報並びに充実のROCK サウンドを御馳走とばかりに用意しましては、短いながらもリスナーの皆様と楽しいひと時を分かち合うべく盛り上がって行こうと思っていますので、暫しダイヤルはそのままでお付き合いくださいませ。
それでは早速番組の方進めていきたいと思いますが…。
先ず、初端のコーナーは、何時もお聞きいただいているリスナーの方々の間ではそろそろ定着してきたことかと思いますが、その時々の旬なニュースを、手前勝手に私の方でピックアップしては、それに因んだ音楽をチョイスしてお届けする
「ミュージックカレイドスコープ」のコーナーで御座います!

さて今日は、1979年7月。フラワー、ヒッピームーヴメントの代表格的なバンドとして、この日本でもよく紹介されていた「ジェファーソン・エアプレイン」が、海の向こうのアメリカで行ったという無料ライブの話にいたく刺激され、自分達でもやってみようと思い立ち、日比谷野音を舞台にフリーコンサートを企画開催。その模様を収録した実況録音盤が、当時のギター小僧の間で非常に高い評判を勝ち得て、大いに話題にもなり、およそ30年が経過した現在においても、音楽通を称する人達の間では珠玉のライブアルバムとして語り草の1枚ともなっております、あの日本を代表するギタリスト・チャーこと竹中尚人が率いておりました、クリームのような強力3ピースバンド
「ジョニールイス&チャー」
の、その臨場感たっぷりのライブ盤
「フリースピリット」から何曲かセレクションしてお届けしたいと思います。

で、チャーと言えば先月の20日、東京ドームシティー内に新たに建設されましたJCBホールで開催されたイベント「ロックレジェンド」に、日本ロック界の歴史を語るにあたっては、必ずやその名前は人々の唇の端にはのぼるものの、驚くかな、メジャーデビューすることもなく、史上最強のアマチュアバンドのまま、34年前の1974年に解散してしまった「スモーキーンメディスン」を当時の顔ぶれで再結成しまして、まさに過去に向かってタイムスリップしたかの様な感じで熱演。ツェッペリンや当時、バンドが目標と掲げていました第2期・ジェフベックグループのような馬鹿でかい音の塊を容赦なく客席に向けてぶっ放しては、大いなる盛り上がりと共に、ヤンヤの喝采を浴びたと言うことです。
スモーキーメディスン…。メンバーは金子マリ(ボーカル)、チャー(ギター)、佐藤準(キーボード)、成瀬喜博(ベース・愛称ナルチョ・スラップ“チョッパー”奏法の名手としても有名。元カシオペア)、藤井しょうじ(ドラム)という5人からなるこのバンドは、最年少のチャーをして現在53歳という高齢ながらも、若い人材を改めて補充するとか、応援ということで誰かを加入させるとか言うことも全くなく100%オリジナルメンバーといった、ほぼ奇跡にも近い恰好での再結成プレイと今回なった訳です。
チャーはスモーキーメディスン解散後、ソロとなり、阿久悠等の歌謡界の有力作詞家や作曲家のバックアップを得ながら、ザ・芸能界を舞台に「世良公則&ツイスト」や「原田真二」と共に『ロックご三家』と扱われながら、アイドル歌謡ロッカーとしての道を着実に歩み、「ネイビーブルー」、「気絶するほど悩ましい」や「闘牛士」などのヒット曲も飛ばすわけですが、幼い頃から、ジミヘンを目標にロック街道を情熱的にひた走り、ギターを弾き続けてきた者としては、やはり芯からその世界にどっぷり漬かることは出来なかった様で、次第にTVをはじめ、その俗っぽい世界からは距離を置くようになって、今回ご紹介の元イエローのドラム・ジョニー吉長(金子マリの旦那さん。息子2人は現在チャーの息子のジェシーと共にRIZEで活動)と、元ゴールデンカップスのルイズルイス加部(加部正義・G・カップスではギターだがここではベース担当)と共に、高度なテクニックとハードネスで本格的なロックの醍醐味を具現化するライブバンド「JL&C」を結成した訳です。
当事者としてプレイするチャーにおいても、多分、大切な一つの転機、ターニングポイントだったであろうことは容易に想像できる、そんな充実のライブ作品「JL&C」の「フリースピリット」から、今日は沖縄民謡を意識して書き下ろしたという
「ナチュラル・ヴァイブレーション」と、当時の歌謡界においてはNo.1女性アイドルグループだった『ピンクレディー』をテーマにして作ったという
「ユー・アー・ライク・ア・ドール・ベイビー」の2曲をオンエアーしてお届けしたいと思います。
それではどうぞ!
(5・18オンエアー分)
これからの30分間は、このFM81.4、FM西大和からオンエアーされます“ラジオでロック”
「Radio nowhere」でお楽しみくださいませ。
と、いうことでお相手させて頂きますのは、何時もの通りDJ PON-CHANG!(ぽんちゃん)で御座います!どうぞ宜しく!
それでは本日も捩り鉢巻き、気合をバッチリ入れ乍ら、色んな情報並びに充実のROCK サウンドを御馳走とばかりに用意しましては、短いながらもリスナーの皆様と楽しいひと時を分かち合うべく盛り上がって行こうと思っていますので、暫しダイヤルはそのままでお付き合いくださいませ。
それでは早速番組の方進めていきたいと思いますが…。
先ず、初端のコーナーは、何時もお聞きいただいているリスナーの方々の間ではそろそろ定着してきたことかと思いますが、その時々の旬なニュースを、手前勝手に私の方でピックアップしては、それに因んだ音楽をチョイスしてお届けする
「ミュージックカレイドスコープ」のコーナーで御座います!

さて今日は、1979年7月。フラワー、ヒッピームーヴメントの代表格的なバンドとして、この日本でもよく紹介されていた「ジェファーソン・エアプレイン」が、海の向こうのアメリカで行ったという無料ライブの話にいたく刺激され、自分達でもやってみようと思い立ち、日比谷野音を舞台にフリーコンサートを企画開催。その模様を収録した実況録音盤が、当時のギター小僧の間で非常に高い評判を勝ち得て、大いに話題にもなり、およそ30年が経過した現在においても、音楽通を称する人達の間では珠玉のライブアルバムとして語り草の1枚ともなっております、あの日本を代表するギタリスト・チャーこと竹中尚人が率いておりました、クリームのような強力3ピースバンド
「ジョニールイス&チャー」
の、その臨場感たっぷりのライブ盤
「フリースピリット」から何曲かセレクションしてお届けしたいと思います。

で、チャーと言えば先月の20日、東京ドームシティー内に新たに建設されましたJCBホールで開催されたイベント「ロックレジェンド」に、日本ロック界の歴史を語るにあたっては、必ずやその名前は人々の唇の端にはのぼるものの、驚くかな、メジャーデビューすることもなく、史上最強のアマチュアバンドのまま、34年前の1974年に解散してしまった「スモーキーンメディスン」を当時の顔ぶれで再結成しまして、まさに過去に向かってタイムスリップしたかの様な感じで熱演。ツェッペリンや当時、バンドが目標と掲げていました第2期・ジェフベックグループのような馬鹿でかい音の塊を容赦なく客席に向けてぶっ放しては、大いなる盛り上がりと共に、ヤンヤの喝采を浴びたと言うことです。
スモーキーメディスン…。メンバーは金子マリ(ボーカル)、チャー(ギター)、佐藤準(キーボード)、成瀬喜博(ベース・愛称ナルチョ・スラップ“チョッパー”奏法の名手としても有名。元カシオペア)、藤井しょうじ(ドラム)という5人からなるこのバンドは、最年少のチャーをして現在53歳という高齢ながらも、若い人材を改めて補充するとか、応援ということで誰かを加入させるとか言うことも全くなく100%オリジナルメンバーといった、ほぼ奇跡にも近い恰好での再結成プレイと今回なった訳です。
チャーはスモーキーメディスン解散後、ソロとなり、阿久悠等の歌謡界の有力作詞家や作曲家のバックアップを得ながら、ザ・芸能界を舞台に「世良公則&ツイスト」や「原田真二」と共に『ロックご三家』と扱われながら、アイドル歌謡ロッカーとしての道を着実に歩み、「ネイビーブルー」、「気絶するほど悩ましい」や「闘牛士」などのヒット曲も飛ばすわけですが、幼い頃から、ジミヘンを目標にロック街道を情熱的にひた走り、ギターを弾き続けてきた者としては、やはり芯からその世界にどっぷり漬かることは出来なかった様で、次第にTVをはじめ、その俗っぽい世界からは距離を置くようになって、今回ご紹介の元イエローのドラム・ジョニー吉長(金子マリの旦那さん。息子2人は現在チャーの息子のジェシーと共にRIZEで活動)と、元ゴールデンカップスのルイズルイス加部(加部正義・G・カップスではギターだがここではベース担当)と共に、高度なテクニックとハードネスで本格的なロックの醍醐味を具現化するライブバンド「JL&C」を結成した訳です。
当事者としてプレイするチャーにおいても、多分、大切な一つの転機、ターニングポイントだったであろうことは容易に想像できる、そんな充実のライブ作品「JL&C」の「フリースピリット」から、今日は沖縄民謡を意識して書き下ろしたという
「ナチュラル・ヴァイブレーション」と、当時の歌謡界においてはNo.1女性アイドルグループだった『ピンクレディー』をテーマにして作ったという
「ユー・アー・ライク・ア・ドール・ベイビー」の2曲をオンエアーしてお届けしたいと思います。
それではどうぞ!
(5・18オンエアー分)
2008年05月06日
暗黒大陸じゃがたら/タンゴ
“ラジオでロック” 「Radio Nowhere」
この番組では皆さんからのご意見、ご感想等々お待ちしております。
今から申し上げます宛先に是非、あなたの生の声をお聞かせください。
E-MAIL
post@fm814.co.jp
FAX 0745-33-3601
MAIL 郵便636-8555 FM 81.4(ハイホー)
さて最後は…
ノックオンザヘブンズドアのコーナー。


蘇る古のスーパースターのコーナーで御座いますが、今日は1990年1月27日に自宅で入浴中に事故死してしまった『江戸アケミ』こと江戸正孝率いるところのバンド、最近また再評価されつつある日本発のファンクバンド
「じゃがたら」のサウンドを、皆さんと共にお聞きしようと思っております。
1979年に江戸アケミを中心して結成された「じゃがたらお春」をその母体としてじゃがたらは活動をスタート。活動を開始した当初は、アケミの常軌を逸したパフォーマンスが話題となり、その音楽性などは二の次。とにかく、蛇を食べたり、全裸で踊り狂ったり、流血したりとまさに後のスターリンのライブパフォーマンスを先取りしたようなことをやっては注目を集める作戦に徹していた。だが、1981年にギターにOTOが加わると、アフロファンク色の強い玄人受けする内容に豹変。82年に「南蛮渡来」は、自主制作で発表されたにも関わらず、渋谷陽一や中村とうようなどの辛口の音楽評論家からも絶賛され、バンドとして正当に音楽の面で高い評価を受け、じわじわと音楽通の間で支持を得るようになる。
しかし、バンドとして円熟期を迎え精力的な活動を見せている最中の84年に、アケミが精神を患い休養することになる。しかし翌年85年の夏、アケミは何とか復活し活動再開。それを機に名前もJAGATARAとアルファベットを使った文字表記となり、心機一転の門出を迎えた。
1989年にはアルバム「それから」でBMGビクターから待望のメジャーデビューを果たす。
しかし、悲しいかなこれからのさらなるバンドとしての飛翔が期待された90年の1月、冒頭にも申し上げたようにアケミが自宅の風呂場で溺死するという事故を起こし他界。バンドは解散となった。
ということで今日は、自主制作ながら名作と誉れの高い、今もって音楽通の間で愛され続けているじゃがたらの珠玉のアルバム「南蛮渡来」から
「タンゴ」を聴いて頂きたく思います。


それではみなさんまた来週。時間になったらダイヤルはFM81.4、FM西大和にお合わせ頂き、この番組にお付き合いくださいませ。
(5・11オンエアー分)
この番組では皆さんからのご意見、ご感想等々お待ちしております。
今から申し上げます宛先に是非、あなたの生の声をお聞かせください。
post@fm814.co.jp
FAX 0745-33-3601
MAIL 郵便636-8555 FM 81.4(ハイホー)
さて最後は…
ノックオンザヘブンズドアのコーナー。


蘇る古のスーパースターのコーナーで御座いますが、今日は1990年1月27日に自宅で入浴中に事故死してしまった『江戸アケミ』こと江戸正孝率いるところのバンド、最近また再評価されつつある日本発のファンクバンド
「じゃがたら」のサウンドを、皆さんと共にお聞きしようと思っております。
1979年に江戸アケミを中心して結成された「じゃがたらお春」をその母体としてじゃがたらは活動をスタート。活動を開始した当初は、アケミの常軌を逸したパフォーマンスが話題となり、その音楽性などは二の次。とにかく、蛇を食べたり、全裸で踊り狂ったり、流血したりとまさに後のスターリンのライブパフォーマンスを先取りしたようなことをやっては注目を集める作戦に徹していた。だが、1981年にギターにOTOが加わると、アフロファンク色の強い玄人受けする内容に豹変。82年に「南蛮渡来」は、自主制作で発表されたにも関わらず、渋谷陽一や中村とうようなどの辛口の音楽評論家からも絶賛され、バンドとして正当に音楽の面で高い評価を受け、じわじわと音楽通の間で支持を得るようになる。
しかし、バンドとして円熟期を迎え精力的な活動を見せている最中の84年に、アケミが精神を患い休養することになる。しかし翌年85年の夏、アケミは何とか復活し活動再開。それを機に名前もJAGATARAとアルファベットを使った文字表記となり、心機一転の門出を迎えた。
1989年にはアルバム「それから」でBMGビクターから待望のメジャーデビューを果たす。
しかし、悲しいかなこれからのさらなるバンドとしての飛翔が期待された90年の1月、冒頭にも申し上げたようにアケミが自宅の風呂場で溺死するという事故を起こし他界。バンドは解散となった。
ということで今日は、自主制作ながら名作と誉れの高い、今もって音楽通の間で愛され続けているじゃがたらの珠玉のアルバム「南蛮渡来」から
「タンゴ」を聴いて頂きたく思います。


それではみなさんまた来週。時間になったらダイヤルはFM81.4、FM西大和にお合わせ頂き、この番組にお付き合いくださいませ。
(5・11オンエアー分)
2008年05月04日
バウハウス/ジギースターダスト
続きましてはキーワードAtoZ。

先週までは、初めてドキュメンタリー以外でボブ・ディランその人が上映を認めた映画「アイムノットゼア」の日本での公開に合わせて、彼が表現する素晴らしき楽曲をメロディーと歌詞にとりあえずも分けながらご紹介してきた訳ですが、さて今週は同じくBを頭文字とするアーティストとして、先頃、再結成してはNY・ベセスダ噴水の像をライトモチーフにしたジャケットが印象的なフルCD
「暗黒のごとく現れ、白い陽炎のように去りゆく~ゴー・アウェイ・ホワイト」を(4月2日、日本発売)に発表するも、またまたボーカルのピーター・マーフィーが気に入らんと他のメンバーが早々に見切りをつけ、今度こそ未来永劫の封印がなされてしまいましたゴスとグラムのハーフ的なバンドと位置づけるのが良いのか?そんな一風変わったスタンスで唯一無二の音世界を構築した、ドイツ・ワイマール時代の1919年に作られた進歩的な芸術家、建築家を養成する学校・BAUHAUSの名前をそのままグループネームとしました
「バウハウス」にスボットをあて、またまた今週と来週の2回に分けて、ご紹介したいと思います。

メンバーはボーカルのピーター・マーフィー、ギターのダニエル・アッシュ、ベースのデビット・J、ドラムのケヴィン・ハスキンスの4人。今を遡ること30年前。1978年にイギリスの郊外ノーサンプトンでデヴィッドとケヴィンの兄弟を中心として結成。79年に、バウハウスならではというか、如何にもいった感じの、あの吸血鬼男優・ベラ・ルゴーシをライトモチーフにした「ベラ・ルゴーシズ・デッド」でデビュー。その後4ADレーベルと契約を結び80年に「イン・ザ・フラット・フィールド」を発表、さらには4ADの親会社のレーベルであるベガーズバンケットに移籍、「マスク」をはじめとする秀逸なアルバムをクリエイトするも、ピーターがもたらすとされる異常な緊張感を原因として解散。そして月日は流れての2005年4月。米・西海岸で開催されたコーチュラ・バレー・フェスのプロモーターから「バウハウス」としての出演のオファーを受けた元メンバー達は、その要請を奇跡的に受諾し再結成。加えて、勢いギターのダニエルがスタジオを3週間キープしてバウハウスとしての新作をとばかりに曲作りに臨み、録音を行ったのではありますが、案の定、またピーターと残りのメンバー3人といった悲しくも宿命的な対立の構図がバンド内に出来てしまい、あっという間に空中分解、残念ながらも解散に至ってしまった訳です。
では、そんな孤高の音世界ともいえるゴスサウンドで聴く者全てをナチュラルトリップさせてくれる異形のロックバンド「バウハウス」の音を聴いて頂きましょう。多分新作からの音は他の所でもお聞きいただける機会はあるかと思いますので、あえて当番組では1988年に発表となった
クラックル:ベスト・オブ・バウハウスから、まず今日はと先ずアルバム・マスクに収録されていた
「キック・イン・ジ・アイ」と、かのD・ボウイの名曲を誠に素晴らしい形に料理してカヴァーした
「ジギー・スターダスト」を聴いて頂きたく思います。それではどうぞ!

ドイツ・ワイマール時代の1919年に作られた進歩的な芸術家、建築家を養成する学校・BAUHAUS
(5/11オンエアー分)

先週までは、初めてドキュメンタリー以外でボブ・ディランその人が上映を認めた映画「アイムノットゼア」の日本での公開に合わせて、彼が表現する素晴らしき楽曲をメロディーと歌詞にとりあえずも分けながらご紹介してきた訳ですが、さて今週は同じくBを頭文字とするアーティストとして、先頃、再結成してはNY・ベセスダ噴水の像をライトモチーフにしたジャケットが印象的なフルCD
「暗黒のごとく現れ、白い陽炎のように去りゆく~ゴー・アウェイ・ホワイト」を(4月2日、日本発売)に発表するも、またまたボーカルのピーター・マーフィーが気に入らんと他のメンバーが早々に見切りをつけ、今度こそ未来永劫の封印がなされてしまいましたゴスとグラムのハーフ的なバンドと位置づけるのが良いのか?そんな一風変わったスタンスで唯一無二の音世界を構築した、ドイツ・ワイマール時代の1919年に作られた進歩的な芸術家、建築家を養成する学校・BAUHAUSの名前をそのままグループネームとしました
「バウハウス」にスボットをあて、またまた今週と来週の2回に分けて、ご紹介したいと思います。

メンバーはボーカルのピーター・マーフィー、ギターのダニエル・アッシュ、ベースのデビット・J、ドラムのケヴィン・ハスキンスの4人。今を遡ること30年前。1978年にイギリスの郊外ノーサンプトンでデヴィッドとケヴィンの兄弟を中心として結成。79年に、バウハウスならではというか、如何にもいった感じの、あの吸血鬼男優・ベラ・ルゴーシをライトモチーフにした「ベラ・ルゴーシズ・デッド」でデビュー。その後4ADレーベルと契約を結び80年に「イン・ザ・フラット・フィールド」を発表、さらには4ADの親会社のレーベルであるベガーズバンケットに移籍、「マスク」をはじめとする秀逸なアルバムをクリエイトするも、ピーターがもたらすとされる異常な緊張感を原因として解散。そして月日は流れての2005年4月。米・西海岸で開催されたコーチュラ・バレー・フェスのプロモーターから「バウハウス」としての出演のオファーを受けた元メンバー達は、その要請を奇跡的に受諾し再結成。加えて、勢いギターのダニエルがスタジオを3週間キープしてバウハウスとしての新作をとばかりに曲作りに臨み、録音を行ったのではありますが、案の定、またピーターと残りのメンバー3人といった悲しくも宿命的な対立の構図がバンド内に出来てしまい、あっという間に空中分解、残念ながらも解散に至ってしまった訳です。
では、そんな孤高の音世界ともいえるゴスサウンドで聴く者全てをナチュラルトリップさせてくれる異形のロックバンド「バウハウス」の音を聴いて頂きましょう。多分新作からの音は他の所でもお聞きいただける機会はあるかと思いますので、あえて当番組では1988年に発表となった
クラックル:ベスト・オブ・バウハウスから、まず今日はと先ずアルバム・マスクに収録されていた
「キック・イン・ジ・アイ」と、かのD・ボウイの名曲を誠に素晴らしい形に料理してカヴァーした
「ジギー・スターダスト」を聴いて頂きたく思います。それではどうぞ!

ドイツ・ワイマール時代の1919年に作られた進歩的な芸術家、建築家を養成する学校・BAUHAUS
(5/11オンエアー分)
2008年05月04日
R・ストーンズ/ギミーシェルター

はいということで改めまして皆さん今晩は。これからの30分はこのFM81.4、FM西大和からオンエアされますラジオでロック「レディオノーウェア」でお楽しみ下さい。
お相手はDJ PON-CHANG!でございます。
それでは早速、番組の方進めていきたいと思います!
先ずはこのコーナー。その時々の話題を私の方でアト・ランダムにチョイスして、それに似つかわしい雰囲気のイカしたサウンドをご紹介しちゃうといったミュージックカレイドスコープの方から始めさせて頂きたいと思いますが。

今日は、かの巨匠・
マーティン・スコセッシ監督がNYにある小劇場・ビーコンシアターで行われたストーンズのライブをフィルムに収め
「シャイン・ア・ライト」という素晴らしいドキュメンタリー映画として完成させ、この2月に行われたベルリン映画祭のオープニング作品として紹介されたところ、かの地では話題騒然。加えてストーンズのメンバーとスコセッシ監督がレッドカーペットに登場するということもあって、全世界の芸能マスコミや音楽ファンが当日殺到し、今までに見たこともない記録的な盛り上がりを見せたというニュースに絡めて、今日はまたまたストーンズの曲を聴いてみたいと思います。
このスコセッシが制作した「シャイン・ア・ライト」。
もともとはクリントン元大統領が行っているチャリティー募金に協力するという目的もと、2006年秋に開催された3日間のブラジルはリオでのライブを映画化するプロジェクトとしてスタートしたもの。しかしスコセッシ監督たって意向で、NYの小劇場・ビーコンシアターでのライブを50~60台のカメラを用いて撮影した2006年10/29と11/1のライブの模様が映画化されることになった。
映画の公開については、この日本では今年の冬までお預けとのことですが、しかし2枚組となったサントラ盤に関しては、3/31に一足早くこの日本でも発売となり、聴くことができるんですね。
スコセッシ監督の映画では、常にサウンドトラックとして聞こえてくるストーンズサウンド。特に「ギミーシェルター」は監督大のお気に入りのようで、殆どの作品で確認されるほど。
と、いうことで今日は「シャイン・ア・ライト」のサントラから某かの曲をオンエアーさせて貰おうかなとも考えましたが、それはこれから他の番組を通じても十二分にお楽しみいただけることかと思いましたので、今日はスコセッシ作品を語るのに決して外すことのできない珠玉の名曲
「ギミーシェルター」と、今回の映画の作品タイトルとしても引用されたストーンズの名盤「エグザイル・オン・ザ・メインストリート」に収録された
「ライトを照らせ」(シャイン・ア・ライト)を今回はお届けしたいと思います。それではどうぞ!
(5/11オンエアー)